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たに先生のカテキョブログ

家庭教師のことがよくわかるブログ

自由すぎる不自由に縛られてる僕ら

思ったこと

先日こんなツイートをしましたところ、ふぁぼやらリツイートが普段より多く集まりました↓↓↓

 
 

 
何気なく思ったことをツイートしたのですが、思わぬ反響を呼んだので、ちょっと自分なりにこの事について考えてみました。

 

■  変わりたいけど変われない
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「あれやってみたい!」
 
「こんなふうになりたい!」
 
そういう事をよく口にされる方っていますよね。
周囲にコミットするのはすごくいい事だと思います。
 
 
しかし、こういうことを口にされる方って
実際に行動に移す人
言うだけの人
に分かれますよね。
 
 
 
特に、言うだけの人ってなんで言うだけなのかな〜?って思ったのですが、僕が考えついたのはごくごく単純で
 
 
本気でやりたいと思ってない
(会話の社交辞令や、“やりたい”ではなく“やった方がいい”と感じているだけ)
からかなぁと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 
「〇〇したい!」
とは言っても
 
結局のところ、それ本当にしたいの?
ってことなんですよ。
 
 
 
 
 
大してしたくもないのにすぐ
「〇〇したい!」
という人は、
やるやる詐欺の常習犯だと思います。
 
 
 
僕は、やりもしないのに気安く
「やりたい!」とか「変わりたい!」
とか言わない方がいいと思っています。
 
 
 
なぜなら、単純に
普段からそういう習慣の人が、いざ本当の本当にやりたい気持ちになったところで
心から応援しようって思えないからです。
 
 
 
何かを成し遂げたり、変化する上で
周囲の協力は必要不可欠です。
 
 
 
1人で何かを成し遂げることなんて到底不可能ですし、所詮1人で成し遂げられることなんて自己満足です。
 
 
 
変化しづらい人は
もしかしたら自分自身の言動が、より変化しづらい環境や思考を作り出しているのかもしれませんね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
■  無駄なものに縛られすぎている
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人間、特に日本のように伝統や歴史や慣習が多く、社会的な通念や暗黙の了解などで縛られた環境にいると、とにかく無駄なものに縛られまくります。
 
 
イケダハヤトさんの代表的なコピーの
「まだ東京で消耗しているの?」
という言葉を聞いて、この少ない言葉の中に、なんだか納得出来る感情を持つ方も少なくないのではないでしょうか。
 
 
 
それくらい我々は、
知らず知らずのうちに色々なものに縛られている(そして誰も縛られていることに気づいていない)ということを自覚した方がいいのです。
 
 
 
人間関係、成功体験から来るプライド、報酬、世間体…etc
 
 
 
そういったものを脱ぎ捨ててあげないと、新しいもの(変化)は入ってきません。
 
自分の心の荷物の新陳代謝を行わないと
新しいことに踏み出そうとすることが出来ないのは普通のことだと思います。
 
 
 
 
 
実際僕もサラリーマンをやっている最中に
自分の将来の夢を見つけ、ぺーたーずとしてそれを目指していると
 
・会社での業績を上げなければいけない
・先輩・上司の言う事を聞かなければいけない
・もし会社を辞めたとして「逃げた」と思われたくない
 
とか、色んな感情を引きづったままやりたいことに突き進まなければならず、どちらをやるにしてもいつも心は宙に浮いているような感覚で、何もかも中途半端でした。
 
 
 
 
それがサラリーマンを辞めて
ぺーたーずとして本気で夢を追いかけようと決心できてからは、本当に色んなもの(変化)がバンバン入ってきていますし、毎日成長実感があります。
 
 
 
 
捨てた分、新しいものをゲットできるようになったのです。
 
 
 
 
いろんな選択肢を持つ選べる自由さを捨て
一つしかない選択肢に絞った不自由さを選んだことで
僕の心は前よりも自由で、楽で、イキイキしてきました。
 
 
 
自分が現在持ってる選択肢の全てが
心からやりたいことならば全てに全力で注力すべきですが、自分の行動を止める環境的要因があるのであれば、冷静に状況を見つめ、早々に見切りをつけるべきです。
 
 
やりたくもないことに、あなたの貴重な時間と労力を割いている時間など人生において1秒もないはずです。
 
 
 
 
そんな無駄なものに縛られていないで
「今」を生きましょう。
 
 
 
 
 
 
※ぺーたーずとは?↓
 
■  無駄なものから開放されるとどうなる?
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僕は昔からプライドが高く
 
「失敗したくない」
「いつもカッコイイ自分でいなければいけない」
「社会的に成功したい」
 
という無意識の思いに縛られていました。
 
 
しかし、先程もお話しましたが
僕の場合サラリーマンを辞めたと同時に
これらの思いも捨てました。
(20数年間培ってきた考え方なので、100%捨てきれたとは言い難いですが、以前とは比較にならないほどこれらの要素が「どうでもいい」と思うようになりました。)
 
 
そうしたことで
なんかもうめちゃくちゃ人生が楽しくなりました。
 
 
 
 
今までなんて狭い考えで生きていたんだと。
 
成功や幸せの定義を、外部の社会通念的な物差しに置いていた自分が恥ずかしくなりました。
 
 
 
自分の人生なんだ。
自分が良いと思った人生を生きていこう。
 
 
 
周囲からの支援と、周囲への感謝は必要不可欠だけれども、自分の生きたい生き方をしよう。
周りのノイズに耳を傾けるのは辞めよう。
 
 
 
 
そう本気で思えてから、
自分が自分の人生の選択に積極的に関わるようになり、
生きたい道に自ら進むことで超主体的になり、
毎日生きているのが楽しく、心も身体も健全になりました。
 
 
今まで生きていた自分(特にサラリーマンの時の自分)は一体誰だったんだろう
ってぐらい自分でも生まれ変わり具合に驚いています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
■  まとめ
 
 
みなさんは自分の人生を生きていますか?
 
自分の人生の選択を、本当に自分がしたいと思ってしていますか?
 
 
 
 
高校出て、専門か大学を出て
就活の時期が来たから就活して就職して…
 
その人生を当たり前だと思ってませんか?
 
 
 
誰がそれを当たり前だと教えたんですか?
 
 
 
当たり前なんて一つもないんですよ。
 
 
 
 
社会に出た経験のある方ならわかると思いますが、行動したり、生きていると色々と思うところが出てくるものです。
 
 
 
そういう時に、そういった思い込みを一旦捨てて、真剣に自分と向き合うべきです。
 
 
「今のままでいいのだろうか」
「俺って何がしたいんだろう」
「俺の幸せって何なんだろう」
 
 
 
 
 
どんな選択肢を取ろうが、
人生の選択肢を自ら選んで決定した
という感覚を持っていなければ
永遠に他人の人生を生きることになります。
 
 
 
それはサラリーマンであろうと、社長であろうと、フリーターであろうと、専業主婦であうと関係ないことです。
 
 
自分の人生を生きられるかどうかはそういった手段では決まりません。
 
自分で決めたかどうかだけです。
 
 
 
 
 
 
 
自分で決めて歩む人生は本当に楽しく、毎日刺激的です。
 
サラリーマンをしながらそれができたら一番リスクも少なくて、心も充実して最高だったのですが、僕の場合サラリーマンをやりながらは難しかったです。
 
他でどうしてもやりたいことがあったので。
 
 
 
 
どんな形であろうと、全ての人が自信を持って
「俺は自分で人生切り開いているから!」
と胸を張って生きていける世の中になれたら、なんだかとっても素敵ですよね。
 
 
今の世の中、特に日本にいると
幸運なことに、僕らはやりたいことをやれて、なりたいように何にでもなれます。
 
 
 
その反面、選択肢の中に常に
「自分の意志」を持っていないと、すぐに自分を見失い、他人の人生を生きることになります。
 
そんな時間もったいないです。
最初から自分の、意志ある選択をしましょう。
 
 
 
 
みんなが自信を持って生きている世の中ができたら最高だなあ。